IT業界に転職した話(2018-2019)

直近1年ほどで人生が大きく動いたので、忘れないうちに文章にしておこうと思います。 よくある転職の話です。

昔を振り返ってみると、僕はあまり学問に興味があるタイプの人間ではありませんでした。 ろくすっぽ勉強しないまま小中と進学し、高校受験に際しても無勉強で高専に挑んで当然のように落ちたりしてました。 中学の半ばあたりでCSに興味が芽生えたのですが、その興味を勉強という行動に結び付けることができず。単にコードを書いて遊んでただけ。 いい大学に行っていい会社に就職するんだというお話は、進路を決めるための折々の機会に、繰り返し学校の先生方から聞かされたのですが、そのお話の意図するところを掴めなかったのですね。 そうして僕は選択したわけです。いい会社に就職する…どころか、進学すらしないという選択を。

いい会社に就職できなかったケース 家業手伝い(農業)

僕は農家になりました。 農業は最高! 植物は勝手に育つ! 品種改良も進んでる! 次々いいやつが出てくるぞ! 機械もある! 農薬もある! 文明の力! …などと、いくらうそぶいたところで、無理があります。

結論からいって、農業はヤバいです。 収入はひどく不安定で、自然の影響を受けまくりです。大雨で農地は崩れ、台風で設備は半壊。長雨で品質低下、病気で品質低下、雑草が大量発生し品質低下…。 そして重要なのは、豊作でも収入が大して増えるわけじゃないということです。いつ生活に安寧が訪れるのか…😥 収入が土地の広さに比例するという問題もあります。 いくら機械の性能が向上したところで、所有している耕作地が狭いなら、そこをいくら早く耕しても意味がないのです。 結局は持てるものが利益を得るといういつもの図式です。お金をためて土地を借りる/買うという選択肢もありますが、借り受けた放棄地を頑張って耕したあと、やはり返してほしいという話になったり、先祖伝来の土地は売れない、あるいは大切な土地だからと相場を無視した…

ちょっとテンションが上ってしまいました。 このあたりのお話は本題ではないのでやめておきましょう。

そんなこんなで、僕は家業を手伝いながらCSの勉強をはじめました。 いままでろくすっぽ勉強してこなかった人間なので全てが手探りでしたが、時間だけはありました。 そのうち気づいたんですが、そもそも僕は勉強というものをうまくやれていなかったんですね。 やりたいことをやりたいようにしていると、頭がスッキリしてきます。雑念が生まれる余地がないというか、まさに寝食を忘れるという感じで。 不思議なもので、いったん要領を掴むと、他の勉強にも応用できました。

ずっと田舎でコードを書いていると誰かに見てほしくもなるというか、正直クローズドにしておく意味があまりないので、自分のために書いたものは大抵OSSとして公開しました。 勉強の過程で読んだOSSプロダクトにツッコミを入れたり、使用しているうちにバグに遭遇したら直したりもしました。様々なコードに触れることは重要です。独学では身につかない知見が得られます。 また、OSSにプルリクを送るのは超重要です。このことに気づいたのはずっと後になりますが、プルリクがマージされるということは、程度の差はあれ、そのプロダクトのコミッタが僕のコードを最終的に問題なしと判断してくれたということになります。

コードの他にもPCやサーバの日々のメンテナンスであるとか移行計画などもBlogで公開しました。これも単なる備忘録として以上の意味があったと思います。 インフラにも興味があったのでサーバを色々立てていたのですが、それに際して遭遇したエラーのトラブルシュートであったり、増えすぎたサーバを集約する必要から仮想化環境への移行を検討した件や、RAID環境のパフォーマンスチューニングなど、バリエーションに富んだ記事を残すことができました。

また、CS以外のサブの勉強として、2010年あたりから英語の勉強も並列して開始しました。 きっかけとしては、Googleのイベントに参加した際に同時通訳などがなく、すごいエンジニアが何か喋ってるんだけど何もわからん!!こういう世界か!!と驚愕した事件がありました。この出来事も非常に重要でした。 どうしたものかといろいろ学習方法を探りましたが「英語上達完全マップを10ヶ月やってみた」を参考に、発音、音読、文法、精読と順にやりました。 詳しい方は瞬間英作文が抜けてるじゃんと思われるかもしれません。これは僕の失敗でした。なぜか瞬間英作文だけスキップしてしまったんですよね…本は買ったのに…。瞬間英作文は重要です。ぜひ学習初期からやりましょう。 ある程度基本を学習した後は読み物として文法書を読んで、単語をフラッシュカードアプリで詰め込みました。

勉強を通じてですが、ついったーのお友達もできました。 特に英語に関して、僕は英語学習勢と呼んでいますが、日々すごい進捗を叩き出すおっかない人々がいるのです。英語が絡んだネタで楽しくワイワイやっているだけ…かと思いきや、彼らのとのつながりが後に重要な意味を持ちました。

さて、そんな生活を続けるうちに時は流れ2018年。 以前から温めていた計画を実行に移すときがやってきました。そう、上京です。人生の次のフェーズを、僕はITエンジニアとして東京でチャレンジすることに賭けました。…え、農業? 一生分やったのでもういいです。コンプ、完クリ、感動のエンディングですね(?)

このときの僕の手持ちのカードは次のようなものです:

  • いくつかの言語での複数のソフトウェア開発(OSSとして公開)
  • 著名なOSSへの数件のコミット
  • やってきたことをその時々で記事にまとめたBlog
  • Windows/Linuxの運用経験
  • TOEIC 800ぐらいの英語力
  • ついったーの人脈

単価50万のフリーランス ソフトウェアエンジニア

ある方に職務経歴書を送ったところ、とんとん拍子に話が進み、1社目でのお仕事が決まりました。 この"ある方"というのはフォロワーで、英語学習勢だったんです。つながりの重要性~~ですね😭

正社員採用ではなく、最初は業務委託としてジョインし、その後正社員への道を探るという形であれば、面接のためだけに上京する必要はないよというお話をご提案いただき、僕としてもありがたいものだったため、業務委託という形で働かせていただくことに。 リモート面談の中で、上京後の住居はどこがいいかという話まで出て、めちゃ即決~~という感じでお話を進めていただきました。

ただ、後でお話を聞いたところ、僕が持ってた手札で効いていなかったのはWindows/英語ぐらいで、他は全部重要だったとのこと。 また、僕を推薦してくれたフォロワーが社内で信用を築いていた部分が間違いなく大きかったです。 これら全てがうまく功を奏した感じでした。人生綱渡り…。

お仕事としてはGAE/Goでビッグデータの収集基盤を書くというものでした。 Goを書くのは初めてだったため、最初の1ヶ月ほどはキャッチアップに比重を置かせていただきましたが、その後は十分なパフォーマンスを発揮できたと思います。 DWHを乗っけているインフラとしてGCP, AWSについても見識を深めることができました。また、ETL処理やBigQueryを叩いてのデータ分析など、実務でしか経験できないシーンも体験できたことは非常に有意義でした。 評価は悪くなかったようで、途中で単価を60万円に上げていただきました。

スクラムでのアジャイル開発、20%ルール、勉強会の推奨、フレックス制、リモート勤務など、先進的な体制が整っていて素晴らしく働きやすい職場でした。 メンバーにも恵まれ、実に楽しくお仕事させていただきました。 IT畑での実務経験が無だった僕を拾ってくれた恩はいくら感謝してもしきれません。

まだまだやり残したことはあったのですが、問題は、僕が正社員採用プロセスの面接で緊張しすぎて大失敗してしまったことなんですよね…。 正社員になれないとすると、いつクビになってもおかしくはないわけで…。

本当に不満はなにもなかったのですが、その一点で悩んでいたとき、あるポジションのお話が舞い込んできました。

このときの僕の手持ちのカードは次のようなものです:

  • いくつかの言語での複数のソフトウェア開発(OSSとして公開)
  • 著名なOSSへの数件のコミット
  • やってきたことをその時々で記事にまとめたBlog
  • Windows/Linuxの運用経験
  • TOEIC 800ぐらいの英語力
  • ついったーの人脈
  • IT企業での実務経験(1年未満)

外資メガベンチャー サポートエンジニア

当初は開発ポジションじゃないのか~~と思ったものの、僕はそこまで開発に強いこだわりがあるわけではないと悩んでるうちに悟りました。少なくとも今はそこまで開発にこだわらなくていいかなと。 前職でビジネス的なポジションの方とお仕事で絡む機会が多く、そういうポジションに興味を惹かれたというのがあったり、それらと今自分ができるポジションの中間点としてサポートエンジニアはよさそうだという点に魅力を感じました。 加えて、サポートエンジニアについて経験者にお話を聞いたり、自分の体験として、OSSの開発をしているとたびたびサポートを行う機会があり、それが楽しいものであったことから興味が湧いてきました。

さて、いざ応募しようにも、まず書類が通るのかという点が問題になります。 僕の場合は学士カードがありません。募集要項に大卒と書いてあるポジションなので、まずもって状況は絶望的です。 しかし、ここで切れる唯一のカードがあります。ついったーの人脈、つまりリファラルです。 そう、このポジションもまた、英語学習勢からの紹介でした。 リファラルの場合、学歴フィルタがいったん無効化されて書類が通る可能性があります。

僕は賭けに勝ちました。 その後、カジュアル面談、ゲロむずいオンラインテスト、面接3回をパスしてこのポジションをゲットしました。 今回は前回よりもフィットがよく、全てのカードが効果を発揮したはずです。 特に今回は外資なので英語力は必須でした。CSはともかく英語は完全に趣味でやっていたものなので、まさかここで効いてくるとは…と感慨深くもありました。 また、前回はなかった実務経験がプラスされているのも大きな違いです。

選考について補足すると、カジュアル面談では社内文化、仕事、勤務体系、ドレスコード、福利厚生などについて本当にカジュアルに質問を投げさせていただきました。 オンラインテストに関しては、数理/地頭系の問題とプログラミング問題で時間配分は1時間と少し。難易度は前者がナイトメア、後者は10秒で解けるレベルでした。全て英語での出題で、正直かなりつらかったです。落とした問題も多かったと思いますが、なんとか基準はクリアできていたようです。 本選考では、3回の面接でそれぞれ「ソフトウェアエンジニアとしての能力」「システムアーキテクトクラウドエンジニアとしての能力」「サポートエンジニアとしての適性」を問われたように思います。 選考の過程で複数回「ソフトウェアエンジニアとしてコードを書く仕事ではないが大丈夫か」ということを尋ねられました。そこが不安点として挙げられていたのだと思います。それに関して僕は納得していたので、はっきりとYesと伝えました。 1次面接の冒頭では、憧れだったホワイトボードで問題を解くコーディング試験を体験できました。面接官がマーカーを手にとって、じゃあ早速ですが…と問題を書き始めたのを見て、思わずニヤニヤしてしまいました。 また、英語力のチェックもありました。このあたりは事前の準備が大切です。自分の語彙力、文法力で話せる英語で大まかなスクリプトを用意しておくことが大事だと思います。 2次面接では前職で設計したプロダクトのアーキテクチャを図に書いて説明しました。クラウドに関する知識を前職で上積みできていたのも助けになりました。 3次面接では適性の他にも人間性も見られていたように思います。たまたま振った話題が面接官の手掛けている仕事に絡んでいたため、話が盛り上がり、いい雰囲気で面接を終えることができました。

実際に自社プロダクトのサポートエンジニアを数ヶ月やった感想としては、想像していた以上に僕にはこのポジションへの適性がありそうだということです。 プロダクト自体が概ね.Netフレームワーク上に構築されているため、C#力がそのまま業務を遂行するための力になっています。 プロダクト周辺の知識についても、Windowsがまだポンコツだった時代から延々さわってきた経験値を活かせています。 文章能力についてもそれなりのものが要求されるのですが、昔から日本語の読み書きだけは苦労しなかったのと、その後ついったーで鍛えられたというのもあり、十分な水準にあるように思います。 その他、Web/デスクトップ開発経験、英語力、OSS活動で培ったコードを読み書きする能力、全てが活かせるポジションです。 まだまだフィットの途上ですが、手応えと楽しさを感じています。

フレックス制、リモート勤務があり、働きやすい職場です。 コアタイムの都合もあるのですが、サポートエンジニアという職種上、前職では可能だった昼過ぎに出勤するようなことはできません。ただ、これは前職が自由すぎだった気もします。 チームのメンバーは前職に比べて5倍ほどになったのですが、皆さん優秀かつ人格者揃いで、和気あいあいとした空気でお仕事ができています。 正直チームの空気感は入ってみるまで判断しようがないということもあって心配していましたが、全くの杞憂でした。

待遇として、ベースは前職の60万/月とほぼ同額。10-20%のパフォーマンスに応じたボーナスとRSU(ストックオプションみたいなもの。株がもらえる)が新たに加わった形になります。 え、なんか大台に乗りそうなんですけど。大丈夫なの??これはほんとに現実?? とお賃金が振り込まれるたびに思うのですが、どうやら現実のようです。

IT業界の職歴なし、異業種からの転職ということで苦戦を予想していましたが、蓋を開けてみれば選考パス率2/2。どうにかなりました。

しかしまだここがゴールではありません。人生後半、さらなる飛躍のためにこれからもやっていき!です💪💪

所感

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